読書動機メモ 『この世界が消えたあとの 科学文明のつくりかた』

本を読んで思ったことを書く、ということはしばしば行ってきた。
けど、なぜその本を読もうと思ったのか、を記録することはしてこなかった。
昔から積ん読が非常に多く、一冊一冊の動機を忘れることが多いから書いてみる。

と書いたけども最近はもっぱら「小説家になろう」ばかり読んでいる。
名前の通り、素人が小説を投稿するサイトで最近は何種類かこの手のサイトがあるらしい。
また、小説の書籍化、人気が出た作品の漫画化も非常に多い。
同時に「なろうテンプレ」と呼ばれる設定で溢れてもいる。
小説なんて書いたことがない人が書いているわけで書くだけでもすごいなぁと思うが、読者としては同じような設定、同じような世界、展開に思うところもあったりはする。

その設定は

現代日本でややオタクよりの生活をしていた主人公。
ある日何かしらの事故で死亡する。
それは神様が誤って死なせちゃったのでお詫びに異世界で現世の記憶を持ったまま転生させてあげる。
異世界は中世ヨーロッパみたいな文明レベルでゲームみたいに魔法もあるし魔物もいるよ。
そこで簡単に死なないように神の加護的なすごい能力もあげちゃう。
生まれ変わった主人公は魔法とかある世界で体は子供、頭脳は大人的な状態で鍛えてどんどん強くなっちゃう。
そして15歳ぐらいで成人となったら鍛えた能力と神様からもらった能力でどんどん活躍してハーレムなんか作っちゃう。
最後には悪い神様が出てきて主人公も神様みたいになって倒してめでたしめでたし。

という感じ。
こんな設定を「転生チート」と呼ぶ。

設定的にはこの手のものは非常に多いが、中世ヨーロッパをモデルにした異世界に転生(転移もある)したからこその別のチートもある。
「知識チート」「内政チート」「現代知識チート」と呼ばれたりするものだ。
中世ヨーロッパの文明に現代の知識を持ち込んで色々やったら大活躍できる、という設定で現代文明的なものを作って無双していく設定になっている。

よく使われるのは「リバーシ」(「オセロ」のこと)。
娯楽が少ない異世界に主人公が子供のうちにこれを売り出してそれを元手にすることでその後のお金の心配はなくなるという展開が多い。
麻雀やチェスは大昔からあるんだし、リバーシもあるんじゃないかと思って調べてみたらリバーシは1970年代に日本で生まれた、ということらしい。
そのためか細かい時代考証なしで使える便利な現代知識チートとしてよく使われる。

また、他には「ノーフォーク農法」なんかもよく使われる。
中世ヨーロッパ的な世界なので農作物の生産量も少なく、税で取られることもあって多くの人は飢えに苦しんでいる。
そこに「ノーフォーク農法」で生産量を増やしてなんたらかんたら、と使われる。
具体的には「コムギ -> カブ -> オオムギ -> クローバー」と畑で育てるものを変えていく方法。
詳しいことはwikipediaでも調べてください。

育てる作物を変えることで連作障害を防ぎ、休耕地にすることなく使える、というのがメリットだけど、なぜそれが有効なのか、まではよくわかっていないで使っているように思う。
最近読んだ作品では詳しく説明されていたので調べつつ大雑把にまとめると以下のような理由らしい。
植物が育つには栄養として窒素、リン、カリウムが必要。
ノーフォーク農法で育てる作物はそれぞれ主に使う栄養が異なるらしい。あるものは窒素が多く、あるものはリンが多く、という感じ。
そのため土壌から栄養を根こそぎとることなく育てられるらしい。
また、クローバーは根に栄養を貯め、それが土壌に出ていくため回復を早める効果があるとのこと。

と、調べたことでおおよそわかったけど、果たしてこれは実際に自分が使えるのか?という疑問がある。

有効な現代知識があっても、それを実際に使えるかどうかはまた別じゃないかな、という話。
例えば、農業の話で続けると、化学肥料の話がある。
言うまでもなく現代の農業は肥料を使っている。
これを再現できれば異世界で食料とお金に困ることはなくなるはず。
肥料には窒素が必要であり、窒素を取り出せば良い。
窒素は空気の80%を構成しており、取り出せればいくらでも使いたい放題になる。
しかし、窒素は安定しているので(安定していなかったら何もない空気が爆発したりする)取り出すのは難しい。
有名な方法にハーバー・ボッシュ法というものがある。
空気中の窒素をアンモニアとして取り出す方法だ。
これは「水と石炭と空気からパンを作る方法」と言われたぐらい有効な方法ではある。
しかし、これは高温高圧な環境と触媒が必要となる。
高温高圧とは、300気圧、温度500〜600度ぐらいになるらしい。
つまり、これがどのような方法か知っていても高温高圧に耐えられる容器、それらを作り出す方法も知らなければ使えない。
また、触媒も何が使えるのか、それらはどうやって手に入れるのか、仮に窒素を取り出せてもそこからどうやって肥料にするか、などといくらでも知らなければいけないことは挙げられる。

日々、コンビニでいくらでも買えるパンひとつ(の原料のひとつ)にしてもこうやって様々な知識に積み重ねられた技術があってこそ成り立っている。

とあるなろう作品で、上記のようなこともひとつひとつ解決しながら作っていく話を読んでそんなことを考えた。
これを自分がやるのはちょっと無理かな。

そんなテーマで目に入ったのが今回の『この世界が消えたあとの 科学文明のつくりかた』という本。(ここから本題)

序章を読むと第三次大戦(等の人類の大半や文明が破壊されるほどの災害)後に生き残った後に現代文明をもう一度作り出すにはどのような知識が必要かをまとめている、と書いてある。
ここまで挙げてきたように農業(の一部分)のひとつにしても調べて概要を知ることはできても、それを実行できる知識までとの乖離は非常に大きい。
インターネットもなくなるであろう世界でそれらを再現するために必要な知識を一般書の形でまとめたかった、というのが著者の動機のようだ。
第三次大戦のような災害、というと起こり得ない他人事のように思えるが、1991年、ソ連の崩壊後にモルドヴァ共和国という国が経済的に打撃を受けて自給自足を強いられる状態に追い込まれたらしい。
振り返れば日本も数十年前には似たような状態になっていたと言えるだろうし、意外と他人事ではないのかもしれないとささやかな危機感を覚えつつ読んでいきたい。なお、異世界転生の予定はない。

そんな実用書としての一面の他、巨人の体を知りたい、という動機もある。
現代文明を構成している知識の多くは「巨人の肩に乗る」と表現されるように過去の科学の積み重ねの上にある。
しかし、実際にはどのような知識の積み重ねの上にあるのかを知らない。
今、こうして文字を売っているパソコンも職業柄、大雑把な動作原理は知っているが、できるのはせいぜい完成しているパーツを買ってきて組み立てるぐらいだ。
そんな生活を支えている知識も知ることができるんじゃないかな、ということを期待している。

 

なお、本自体は2015年の本であるため、調べれば詳しい書評とかはあると思う。

また、Amazonのレビューによると翻訳がいまいちらしいので、以下にリンクは置いておくけども買うならよく考えてどうぞ。